妻の14回目の命日

14回目の命日
※命日に書いたFacebook投稿を書き写す。

あの日から14年経ちました。

暖かい時間帯のお昼休みにお墓参りに行きました。
今回は、大学受験を控えた息子と一緒に。
あの世にいる妻のパワーももらって当日を迎えて欲しかったので。
息子もいつもより若干長めに手を合わせていました…。

自分の心持ちとしては、
昨日までも今朝も、命日だからととくに心揺さぶられることなく平常モードで始まりました。
もう14年だもんな~、と冷静に。

…ですが、
お墓参りを終えて日が暮れていくこの時間…ジワジワきています。

不思議なものです。
悲しいとか悔しいとか…そういう気持ちはあまりなくて、なんでしょうね、「寂しい」ですかね。
過去に「いた」人が今は「いない」ことを、改めて確認する作業が命日のお墓参りなんだろうなと思います。

妻が生きていたらどうなっていただろう…とはほとんど考えません。

途切れた二人の物語は、途切れてあまりに長い時間が経ち、仮定でももう思い描くことはできません。
妻はあの世で、ぼくはこの世で、お互いに誠実に懸命に生きていくのみです。

人はいつか死ぬのだから、この世に置いていかなきゃいけないものは枝葉であり、あの世に持ちこせるモノが根本(大事なもの)だと感じます。

自分にとっての大事って何だろう?

亡くなった人はそれを考えるきっかけを与えてくれる気がします。

「こういうことを思う時間」もまた、人生の大事でしょうね。
一見すると無駄に思える時間のゆとり、心のゆとり…があるからこそ、こういうことを考えられます。
慌ただしく過ぎゆくだけの日々ではいかんな、と思います。

生きていきましょう、人生は続く。

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